「ドアに歩み寄ってそこを開けると、外に群れていた記者たちがなだれ込んできた。そのあいだに笹崎が安生をマットから起こし、血まみれの顔を覆い隠そうとした。カメラマンが安生の写真を撮ろうとすると、笹崎は前に膝をついて盾になった。安生の腫れ上がった血まみれの顔と力ない体を見て、日本の記者たちは息を呑んだ」
「安生のダメージが深刻なものにならず、道場から担架で運ばれずにすんだのは幸運だった。頭蓋骨と背中をつなぐ第一頸椎に私がどれだけの″剪断力〟を及ぼせるかをナショナル・ジオグラフィックのテレビ番組『ファイト・サイエンス』の科学者が測定したことがある。彼らの使った装置によれば、私が生み出した力は八一三ジュールだという」
「一ジュールは約一〇〇グラムの物体を一メートル持ち上げる仕事量に相当する。この手の戦いはプロの試合とはまったくちがう。私が戦うか戦わないか、その判断の土台になるのはお金でも、試合前の過剰宣伝でも、怒りを注ぐ相手でもない。私は己の決闘作法に従って戦う。安生は道場に乱入し、生徒の前で私を軽んじたのだから、わかりやすい形で罰する必要があった」
「戦いの結果について誰ひとり異議を唱えられないように。日本人が理解してくれるのはわかっていた。私が講道館の稽古中にとつぜん現れ、靴を履いたまま彼らの神聖な畳を横切って柔道マスターたちに挑戦したところを想像してほしい。二、三日して、安生は花とサムライの兜と謝罪の手紙を手にピコ・アカデミーへ戻ってきた」
「礼儀にかなった行動だし、彼はじぶの間違いに気づいたのだ。これでこの問題にはケリがついたと思った。ところが一週間くらいして日本にいる私のマネージャーから電話があり、日本へ帰った安生が、うちの生徒に囲まれて飛びかかられボコボコにされたと言いふらしているという」
byヒクソン・グレイシー