「ブラジルでは、セミナーとセミナーの合間に考える時間がたっぷりあった。どうすれば柔術界の結束を強めることができるのか。柔術競技のトップ選手たちを優れたアスリートとして尊敬はしていたが、非の打ちどころのない武術家とは思わなかった」
「護身術の側面を無視していたからだ。実戦とは予測不能なもので、生き延びることが唯一の目標になることだって珍しくない。暴徒にいっせいに襲いかかられた場合の選択肢は、私でも、米海軍特殊部隊元司令官のジョッコ・ウィリンクでも、マーク・ケアーでも、戦略的退却しかない」
「十七歳のとき、そんな状況を経験した。カーニバルのためにブラジル南部にいたときだ。ナイトクラブの前で女の子たちと話していたら、ひとりの男がいきなり殴ってきた。殴り返したら、近所の住民が束になって襲ってきた。とつぜん二十人の男たちから通りを追いかけられたのだ」
「誰かが私の頭に大きな木片を投げつけた。上腕をあげてなんとか防いだが、ひとつ間違えたら大変なことになっていただろう。ひたすら走っているうち、ついに暴徒のほうが疲れてあきらめた。柔術らしい柔術は何も使わなかったが、私を救ってくれたのは武術家としての心構えだった」
「生徒が柔術のスポーツ面にしか興味がなくてもかまわない。青帯を取るにはパンチをさえぎる方法、クリンチの仕方、相手をグラウンドに持ち込んでコントロールする方法を知らなければならないからだ。だが本来、それ以上に大事なのは、現実に襲撃を受けたときガードを活用してパンチや頭突きを防ぐ方法を知っていることなのだ」
byヒクソン・グレイシー