「日本人が教えた柔術と、われわれグレイシー一族が実践する、いわゆる『グレイシー柔術』との違いを簡単に説明しておこう。伝統的な柔術には、基本的にスポーツとしての形式がある。多少の例外はあるにしても、ルールが決められ、ある程度の『型』がある」
「ところが、日本人がそれを持ち込んだのは、活気と混乱に満ちた実に秩序のない国、ブラジルだった。外国に持ち込まれたのだから、少しは変化するのが当たり前なのかもしれない。とはいえ、それは驚くほどの変わりようだった」
「たとえば、ある日、父がまだ寝ていた午前三時、三人の男がドアを叩いた。『おい、エリオ・グレイシー、起きろ』。父は目を覚まして窓を開け、下に向かって『何だ?』と怒鳴った。男の一人が怒鳴り返す。『こいつが、お前には負けないと言っているぞ』。父はきっぱりと叫んだ。『待ってろ、すぐ降りる』」
「そして、その場で試合が始まったのだ。当時のブラジルではそれが普通だった。いつ何が起こってもおかしくないし、展開は予測不可能だ。そのため、われわれの柔術には、実戦で使えるという他のスポーツにはない特徴が加わった。柔道や空手や合気道のようなスポーツは、それぞれ決まったルールで試合をする」
「だから決着がつくまでのプロセスが何通りもあるだけで、基本は同じだ。ところが真剣勝負では、予測不可能な要素が決め手となり、まったく先が読めない。だからこそわれわれには、闘いを実戦としてとらえる感覚が備わった。これがグレイシー柔術にしかない特徴なのだ」
byヒクソン・グレイシー