「小柄なタクシー運転手は、かんかんに怒っていたが、心の中をぶちまけただけで、喧嘩をしようとは考えていなかっただろう。たとえば、それが大男で私を本気でバカ呼ばわりしたのなら、私は『何だと、俺はバカじゃなくてぜ』と言って、結局喧嘩をしたかもしれない。違うことを言ったかもしれない」

「状況がエスカレートすれば、勝負せずにはいられなかっただろう。これはずいぶん昔の話だ。三十年近く前のことだが、今でも弟は言う」

「『あの日は、兄さんに教えられたよ。俺だったらあいつを絶対に許したりしないで、さんざんに痛めつけいただろうな。兄さんがああやって気持ちを抑えて、落ち着いて、自信を持っていたから、あいつは追ってこなかったんだ』」

「弟は、そのときまで、あれほどの屈辱を受けて何もしないなんて考えたこともなかったとも言った。当時、私が二十歳、弟が十五か十六ぐらいだったと思う。弟は、今にも車を飛び降りて運転手に殴りかかりそうだった」

「侮辱されていると感じ、どうしても許せなかったのだ。弟は、こう言っている。『まったく不可解だよ。あのときは、どうしてそんなに落ち着いていられるのか不思議だった。でも後になって分かったよ』」
byヒクソン・グレイシー