「誤解を恐れずに言えば、MMA第一世代のアメリカ人レスラーたちには感銘を受けた。彼らは純粋な強さと優れた技術を兼備し、驚くべきパワーを持ち合わせていた。その強豪たちとリングでまみえる機会はなかったが、マーク・ケアーと私の友人でブラジリアン柔術の王者ファビオ・グージェウの試合のビデオテープを観たあと、私は頭をめぐらした」

「ケアーは身長一九〇センチ、体重一一八キロ。体脂肪率わずか五パーセントで、ステロイドで強化された巨大な筋肉を備え、肉体の標本を思わせた。三十分間の試合でファビオはあきらめない強い心を見せたが、アメリカ人はつねに彼の上になり、強烈なパンチと頭突きを見舞った。この試合を観た翌朝、目を覚ました私は”いったいかの怪物とどう戦えばいい?″と考えた」

「息子のホクソンは私より三六キロ軽く、これはケアーとファビオの差に近かったので、彼をガレージへ呼んだ。ホクソンを寝かせてガードの中に入り、マーク・ケアーがファビオをめった打ちした位置からはじめた。まずホクソンを苦しい状態にし、少しずつ対応できるように助言した『腰を少し動かして、体を伸ばしてみろ。腰をもっとこう動かして、こう押して、足を使う』きついトレーニングではなかった」

「ポジションを分析し、ホクソンが私のパワーに対処して、上に乗られた苦しさを和らげる方法を見つけるように仕向けただけだ。ファビオ・グージェウの最大の失敗は仰向けのまま、まったく角度を創り出せなかったことだと気がついた。ホクソンには、私のバランスを崩しつづけることで私に有利な状況をどう奪い取るか指示した。マット上で四十分ほど練習したあと、昨日まではなかったチャンスがある」

「しかし、次の試合の相手はケアーではなかった。日本のプロモーターは人気のプロレスラー高田延彦との対戦を望んでいた。舞台は格闘技イベント〈PRIDE 1〉のメインイベント。このあらたな興行は、のちにUFCから買収されることになるまで世界の総合格闘技界では最高の舞台だった。私のPRIDEの関係者と共にルールづくりに携わったため、UFCとは異なり、ここでルールはファンではなくファイター側に立って考案された。私はレフェリーからグラウンド状態の選手たちを恣意的に立ち上がらせる権限を奪いたかった」
byヒクソン・グレイシー