「試合の夜、会場は騒々しく野卑な観客で埋め尽くされていた。初めて戦ったときズールは私を恐れも尊敬してもいなかったから、無謀な戦い方をした。今回はずっと慎重で、ゴングが鳴るなり突進してきたりはしなかった。しばらくリング上で睨み合いながら回り合い、ようやく組み合うとズールはクリンチから私を持ち上げてマットに叩きつけた」
「私はそのままガードポジションにズールを引き込む。仰向けに寝て、ズールの胴に両足を巻きつけた状態だ。オーランド・カニのおかげで私は精神的にも前回とは別の格闘家になっていた。自信があり、準備もできていて、体が自然と動いた。戦いはある時点から超越的な体験へと変容していった。船の操縦室にいて舷窓から嵐の混沌をながめているかのように」
「ここへは前にも来たことがある。体に指示する必要はない。ガードに引き込まれたズールが頭突きを狙い、また目をえぐろうとしても、私は泰然自若としていた。今回は相手が慎重に戦っているため、仕留めるのに少し時間がかかるかもしれない。仰向けで相手の頭をコントロールし、腎臓と浮き出た肋骨にくり返し踵を打ち込む」
「第一ラウンドのズールはガードポジションのなかでも落ち着いていて、ミスすることなく乗り切った。私に焦りはなかった。ズールのほうがはるかにエネルギーを消費しているのはわかっていたからだ。第二ラウンド、ゴング前から観客たちの大歓声が沸き起こっていた。ズールは頬をふくらませたり妙な顔をしてみせながらリング上で飛び跳ね、私を攪乱しようとする」
「喧騒のなかゴングの音が聞こえなかったのでレフェリーに両手の親指を立てて確かめた。レフェリーがうなずいたので攻撃を開始し、クリンチからグラウンドへ持ち込んだ。ズールが首をつかもうとしたところでその手をするりと逃れ、バックを取る」
「首を絞めに入ろうとする私の顔を、巨大な指が這ってきた。目をえぐる気だ。だが、その試みは遅すぎた。私のチョークが極まり、ズールはタップした。彼は最初の試合とちがって完全に消耗しきっていたわけではない。たったひとつのミスが命取りになったのだ」
byヒクソン・グレイシー