
よく柔術にはセルフディフェンス(護身術)の側面があるとか言うけど… 柔術はセルフディフェンスが中心にないと全くの別物になってしまう。
UFCの創業者であるグレイシー柔術も、初期UFCや、それ以前のブラジルのバーリトゥード(なんでもありルール)でグレイシー柔術は暴力を中和しようとするセルフディフェンスを表現しようとしていた。
まぁ、UFC以前のブラジルのバーリトゥードでもルタリブレなどのMMA(総合格闘技)との思想のぶつかり合いはあったみたいですが。
現在はセルフディフェンスとMMAの優位性を試し合う中立のルールであるバーリトゥードって言うよりも、MMAのルールでMMAを表現するになってしまった…商業的にMMAの方が魅力的なんだろう。
ヒクソン・グレイシーもUFCの事を「人間闘鶏・人間闘犬」って言っていたのが今の総合格闘技の本質なのだろう。
スポーツ競技柔術だって、打撃のない安全なルールでのセルフディフェンスの表現や試し合いの考え方がなくなって、奇妙で薬物に塗れた寝技競技なってしまった。
柔術は色々な側面もありますが、セルフディフェンスが中心にないと、どんどんおかしな方向にいって、柔術は誰でもできる護身術とは程遠いモノになってしまいます。
