グレイシー一族は十八世紀にスコットランドのダンフリーズを離れ、アメリカ大陸での成功をめざした

「グレイシー一族は十八世紀にスコットランドのダンフリーズを離れ、アメリカ大陸での成功をめざした」

「私の遠い祖先に当たるアーチボルド・グレイシーは船に貴重な荷物を満載してニューヨーク市にたどり着き、ひと財産築いたのちアメリカ建国の父アレクサンダー・ハミルトンとともに海運業に乗り出した」

「ニューヨーク市のイーストリバー沿いに立つアーチボルド・グレイシーのカントリーハウス〈グレイシー・マンション〉は、ブラジル・テレゾポリスにある一族の牧場の″植民地時代アメリカ版〟といったところだろうか」

「週末になると、未来のアメリカ大統領や実業界の大物、ヨーロッパの要人たちがそこに集まり、都会の暑さや味気なさを逃げてくつろぎの時間を過ごした。一九四二年以降はニューヨーク市長公邸になっている。アーチボルド・ジュニアはニューヨークの実業家として大きな成功を収めたが、孫のアーチボルド三世は戦士だった」

「彼は陸軍士官学校の練兵場で痛めつけられたあと、同校の校長ロバート・E・リーをうならせた。校長室に呼ばれたとき、グレイシーは相手の名前を絶対に教えようとはしなかった。相手が名乗り出たあと、リーはふたりとも処罰せずにすませたという」
byヒクソン・グレイシー



