
「最後に先生とも組み合い、彼を降参させたときはちょっと気まずい雰囲気になったが、そこで友人が『先生、何も恥じることはありません。あれはエリオ・グレイシーの息子ヒクソンです』と言ってくれた」
「『そういうことか』と先生は納得したようすだった。『きみのお父さんをとても尊敬している」「いつでも来なさい』グラップリングも柔術の大会も好きだったが、このときすでに私はバーリトゥードへの出場を考えていた」
「今日では護身術や実戦を知らなくても柔術の黒帯を取得することはできる。しかし、一九七〇年代と八〇年代には、それは不可能だった」
「父と伯父は自分たちのスタイルを“世界でもっとも効果的な護身法〟と声を大にして公言していたから、若きグレイシーにはみな、いずれ一族を代表してルール無用のリングや路上で戦うのだという覚悟があった」
「そうして私が戦った最初のバーリトゥードは、性的な初体験にも似て強烈な通過儀礼となった」
byヒクソン・グレイシー
