「私は常時アカデミーにはいられなかったので、留守中にうまく対処してくれる前線の兵士が必要だった。グレイシーが公式、非公式を問わず挑まれる戦いに対応するのはもちろん、強い生徒には弱い生徒を守ってもらう必要もあった」
「たとえば、誰も知らない大柄なキックボクサーが朝の稽古時間にふらりと現れたことがあった。単純なテイクダウンの練習中、この男は体の大きさが自分の半分しかない白帯の顔に膝を入れて鼻を骨折させてしまった」
「必要のない動きで、周囲の目にも事故ではないことは明らかだった。このとき道場を預かっていたルイス・エレディアが白帯をトイレで止血させ、ポルトガル語でブラジル人の生徒に何事か言い、彼がそのシンプルなメッセージをアメリカ人の生徒に通訳して聞かせた」
「『こいつを排除する。白帯をひどい目に遭わせて一線を越えたからには、償いをしてもらう』次の四十分、キックボクサーは何度もくり返し投げられ、極められ、腕と脚を伸ばされた。そして二度とピコ・アカデミーには戻ってこなかった」
「私を含めて誰ひとり戦いを避けて通らないことを生徒に見せて知ってもらうのは大事なことだった。私自身が準備できてないことを生徒に求めることは絶対にない。ただ、ときどきいたずら心で生徒を驚かせることはあった」
「朝、波にひと乗りしたあと、大きなうねりが来る前に道場にぶらりと姿を見せる。エレディアでさえ、予告なしに私が入ってきたときは緊張した。実戦では恐怖に見舞われるのが当たり前で、それに対処できなければいけない。耐えがたい状況にみんなを追い込んでショックをあたえ、対処法を教えるのが好きだった」
「グレイシーの私たちは、緊張したり不安になるのは恥ずかしいことではない、大切なのは恐怖に直面したときどうするかだと教わってきた。生徒の長所と短所を知るほどに、いろんなことを教えられる。このような厳しく、ときに屈辱をともなう教訓は、路上よりも友人に囲まれた密室で学んだほうがいい」
byヒクソン・グレイシー