腕を曲げて固める柔道の『腕がらみ』を『キムラロック』と名づけた

「一九五一年に日本最高の柔道家・木村政彦がブラジルを訪れたとき、エリオは彼にも挑戦した。木村は同行者で黒帯の加藤幸夫に勝つことを条件に、父との対戦を承諾した」

「加藤との初戦は引き分けに終わったが、再戦で加藤を絞め落とし、柔道王との対戦を実現させた。一週間後、エリオと木村はリオのマラカナン・スタジアムに集まった二万観衆の前で戦い、当時のブラジル大統領も観戦に駆けつけた」

「木村は父よりも三六キロ重く、父をボロ人形のように投げつづけたが、仕留めるには至らない。いっとき父は意識を失ったがタップはしなかったため、木村は絞めが効いていないと思ってそれを解き、おかげでエリオは意識を取り戻した」

「試合開始から十三分、柔道王は腕がらみを極めたが、ここでも父はタップを拒んだ。木村が肩関節をねじりつづけてもエリオはタップしようとしない。さらにねじりつづけたところでカーロスがタオルを投げた」

「のちに父は、木村からサムライ精神をもらったと言い、腕を曲げて固める柔道の『腕がらみ』を『キムラロック』と名づけた」

byヒクソン・グレイシー

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